第176回アート引越センター社長への公開抗議・妹に対する詰問状公開39・文化庁に高橋由一の読みを「ゆういち」を「ゆいち」に訂正申入れの巻

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    第176回アート引越センター社長への公開抗議・妹に対する詰問状公開39・文化庁に高橋由一の読みを「ゆういち」を「ゆいち」に訂正申入れの巻

    今日16時過ぎに文化庁の担当課に電話して(文化庁データーベースの)高橋由一の読みを「ゆういち」ではなくて「ゆいち」に訂正するよう申し入れました。『』のところにリンクを貼っておきますので、いつ「補正」されるかを確認下さい。恐らく(時間はかかるにしても)、訂正されると思いますので。 それにつけても思い出すのは、「教示」の件。私だって、まあ、(リンボウ先生が云うように)呆れるくらいの量を読んでいたことがあって、人から聞かれれば答えることもあって、其のいくつかは本の末尾に「謝辞」として私の実名を書いて下さっているのもありはします。だけど、「教示」したのに何の挨拶もないことが屡々なのです。『森銑三著作集・続編・第六巻』の『井上通泰先生と私』に、其の辺のことを語っているのがあります(時々同じ事をもらしておられますが)。「画像1・2」としてアップしておきます。 蘇曼殊 という(日中の混血の)作家があって、私も時々中国に行くことがあって、其の度に、蘇曼殊の違う版が出ているのを面白く感じたことがあります。其の前に(大学院生の頃)、飯塚朗氏に日本語文献で東洋文庫『断鴻零雁記』にもれているのをお知らせしたら(森銑三氏の云うように「無名の私」に)実に懇切なお手紙を貰ったことがあり感激したことがありました。引き続き資料があったら知らせて欲しいというおたよりでしたが、「第二便」を出した記憶がないので恐らく其の儘で終わったのでしょう。たしか湘南あたりの地名でしたが、若造にていねいな挨拶だったので、京都府立医大の先生(いま度忘れでお名前が出て来ませんが)が、欧州に行くのでどこに行けばいいかを教えて欲しいとお手紙を貰った時と同じように感激したのでした。ちょっと、今日はもう此の辺で。だって、もうベロベロなのですから。 ムロン、冒頭に述べた件、文化庁の記述が改訂されたとしても、私の「教示」とは書かれませんが、特に高橋由一に特別な思い入れがある私には(通常は見ない「データーベース」を訂正出来たことで)大満足なのです。今回の「高橋由一展」で(やはり)感じたのは、「精進の積み重ね」ということです。画家の展覧会でいつも思うのは、(特に文学者に比べて)実に精進を重ねているということです。私は今回でも、出来れば、「全画業」を見せて欲しいと思いました。ムロンそんなことは無理でしょうが、画冊のうち見られない部分をコピーして、芸大の廊下全部を使ってでも「全画業」を見せて貰えれば、画家の「精進」ということがよく分るだろうと思いました。也
     
    平成24年5月16日21時30分
     
    「コードネーム021320123
     (追うに意味ありtoアート引越センター)
    又の名を
    (イギリス訛りで)today
     アート糾弾ひつこしセンター」。


    第175回アート引越センター社長への公開抗議・妹に対する詰問状公開シリーズ38・「ゆいち」の高橋由一についての「ゆいち」か「ゆういち」かの巻

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      第175回アート引越センター社長への公開抗議・妹に対する詰問状公開シリーズ38・「ゆいち」の高橋由一についての「ゆいち」か「ゆういち」かの巻

      いったん(数日前に断酒を)解禁したものですから歯止めがなくなって、今日も、朝から飲んでいて「いい心持」です。高橋由一の「読み方」をたまたま文化庁のデーターベースで見て、「ゆういち」とあったので、待てよとなって、ヤフー知恵袋で質問し、近刊の古田亮氏の中公新書『高橋由一ー日本洋画の父』を引用したのでした。
       
      私も質問早々補足して、「讀賣新聞」明治9年6月23日付にフルネームで紹介されていて「いういち」とルビがふってあることを追記しましたが、其の3頁先に同じ新聞の1年半後の記事が載っていることは補足出来ませんでした。
       
      いま紹介するのは、今回の展覧会のパンフレットの裏面にある画像です。 「A」は、今回の展覧会のパンフレットでは「ゆいち」と読んでいることの証拠です。まあ、やはり、「ゆいち」でいいのではないでしょうか。 「B」は、(お堅い方たちには不評でしょうが私は好きな表現方法で)書道の普通の筆法にはない「きり方」ですが、「由一」のみを「かまえ」のなかで赤色に印字して皆さんにアピールしています。此の「かまえ」(「くに構え」の上の一画がない)の名称についても、ヤフー知恵袋に聞きますので、今日は此のへんでオヒラキにさせて下さい。也

      平成24年5月15日18時15分
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      第174回アート引越センター社長への公開抗議・妹に対する詰問状公開シリーズ37・「そうや鮭ー」の高橋由一展についてのヤフー知恵袋質問の巻

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        第174回アート引越センター社長への公開抗議・妹に対する詰問状公開シリーズ37・「そうや鮭ー」の高橋由一展についてのヤフー知恵袋質問の巻

        今日もちょっと(昼から)飲んでいましてね、いいご機嫌なのです。今日は、以下のヤフー知恵袋への質問でオヒラキにさせて下さい。ほんとは、展覧会の感想などを述べようと思ったのですが、其の前の段階で、「由一」の読み方についてヤフー知恵袋に質問しましたので、きょうは、以下引用でお許し下さい。
         
        其の前に、ウィキペディアの「高橋由一 」では、「ゆいち」と読んでいることにリンクを貼っておきます。

        さて文化庁のデーターベース によれば、以下の如き「解説文」があります。−−(以下引用)。
         解説文:  ここにあげる諸作は、明治維新以後、西洋文化の洗礼を受け、伝統との相剋をのりこえて多様な展開をとげた近代美術の代表的遺産である。 日本画は欧化主義の新状況の下で混迷を続けるが、やがて岡倉天心という指導者を得、春草【しゆんそう】、観山【かんざん】、大観【たいかん】らによって新日本画創造の努力が進められ、新たな進路が決定される。下村観山(一八七三−一九三〇)の「弱法師」(大正四年、第二回院展)は古典の探索より生み出された新技法による追及を完成させた作品であり、横山大観(一八六八−一九二三)の「生々流転」(大正十二年、第十回院展)は彼の新水墨画様式形成の努力が雄大な構想のうちに結実した畢生【ひつせい】の大作である。 一方、欧風美術の先頭に立つ西洋画は、明治初年に高橋由一【ゆういち】(一八二八−一八九四)によってすぐれた成果があげられ、「鮭」(明治八年から十二年の間の作)の自然科学的観察と迫真的な描写には、近代の出発点ともいうべき新たな造形の眼の充実が認められる。こうして西洋画は、社会的関心も高まり、明治九年工部美術学校の開設をみるなど順調な出発をとげたかにみえたが、間もなく国粋主義の反動があり、一時沈滞を余儀なくされる。 これに抗してその発展を軌道に乗せたのがフォンタネージの薫育を受けた浅井忠(一八五六−一九〇七)で、「収穫」(明治二十三年、明治美術会第二回展)は光と空間の表現に進展をみせた彼中期の傑作であり、″脂派【やには】″と呼ばれる黄褐色を主調とした作風は明治中期の支配的画風となった。その後西洋画は黒田清輝【せいき】の外光派の紹介によって新たな展開を遂げるが、青木繁(一八八二−一九一一)はその展開の中から登場し、独自の浪漫的世界を開拓した鬼才で、「海の幸」(明治三十七年、白馬会第九回展)の大胆な構想と力強い表現技法には、彼のはげしい感情の高鳴りが感じられ、当時の浪漫的風潮をこれほど純粋かつ雄々しく表現した作品は他に求めがたい。 彫刻は洋画に比べ近代化の速度はやや遅いが、ロダン彫刻のよき後継者であった荻原守衛【おぎわらもりえ】(一八七九−一九一〇)によって近代彫刻の真髓が示され新局面を迎えた。「女」は彼の最後の作品で、肉体の量感と動勢の確実な把握の中に堂々とした彫塑性と豊かな浪漫的感情が示されている。 これらの作品はわが国近代美術の流れの中で、すでに指定されている芳崖【ほうがい】、雅邦【がほう】、春草の諸作とともにつとに古典的評価を得ている作品である。--(以上引用終わり)。
         
        一方ヤフー知恵袋への質問文は以下の通りですーー(以下引用)。
         
        高橋由一展の惹き句に「ああ、思い出した、あの鮭だ」があり、教科書に掲載とありますが、此の67老翁には、(日本史でも美術でも教科書に載っていたという)記憶がありません。 (日本史でも美術でも)教科書に載るようになったのは、恐らく、重要文化財に指定された昭和42年以後のことだろうと推測していますが、文化庁のデーターベースを見ると、高橋・「たかはし」はいいとして、由一を「ゆういち」と読んでいます(今日の弊ブログにリンクを貼る予定です)。 ところが此の老翁らは、ながく「ゆいち」と読んでいます。古田亮の新著、中公新書の『高橋由一ー日本洋画の父』の奥付にはルビがふってあって、「ゆいち」となっています(全編本文には一切ルビはない筈です)。ウィキペディアでも「ゆいち」と読んでいますが、文化庁はお役所ですから何か根拠があって「ゆういち」としたのか「集合知」を知りたいのです。なんなら、此処にお寄せ頂いた御意見をまとめて、文化庁に乗り込んでもいいと考えています。 なお、去年7月から再三ご報告しているアート引越センター相手の訴状を5月9日に提出しましたので、恐らく、相手側は愚図愚図云って裁判を引き伸ばそうとしようとするでしょうから、当欄で逐一ご報告して、皆様の「集合知」を頂戴したいと考えておりますのでよろしくお願いします。なお、女性書記官が事件名を「ゆうれい引越センター損害賠償請求事件」とあったのを、(横棒で消すのではなく)マル括弧で「ゆうれい引越センター」を囲んで、単なる「損害賠償請求事件」にしてくれました。質問日時:2012/5/14 15:23:37

        上記質問に直ぐ補足したのが以下の質問です。

        上記古田亮氏の『高橋由一』には「全編本文には一切ルビがない筈」と言いましたが、99頁の「読売新聞」に「高橋由一」の「由一」にのみ「いういち」(つまり新仮名遣いでは「ゆういち」)とルビがふってあります。同書66頁に「東京日日新聞」の記事引用があり、其処でも「高橋由一」がフルネームで紹介されていますから、原文を見ればルビがふってあるかも知れません。早速の補足で恐縮ですが 補足日時:2012/5/14 15:57:38

        平成24年5月14日18時15分

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        第173回アート引越センター社長への公開抗議・妹に対する詰問状公開シリーズ36・昨日の「そうやさけー」が(いつも乍の)舌足らずだったので付け足しの巻

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          第173回アート引越センター社長への公開抗議・妹に対する詰問状公開シリーズ36・昨日の「そうやさけー」が(いつも乍の)舌足らずだったので付け足しの巻

          昨日の「高橋由一展」について、(自分でも)リンクを貼れたのでビックリしています。其のパンフレットで、「由一」という字を、(他の字を黒色で印刷しているのに)わざわざ赤色で印刷していて、そういう「戯れ」は嫌いじゃないので)今日、埼大図書館で実際に確認しました。黒色で印刷されて「かまえ」を何というのか知りたかったのです(=画像1)。
           
          其の確認したい一つが「由一」を包む構えで、「国構え」だの「箱構え」は知っていますが、其のかまえの「上」の一画がない「国構え」は、何というのだろうかと思ったのです。ところが、そういう「かまえ」はないらしいのです。※如何にもあるらしいので、調べてみたのです。
           
          中公新書の新刊『高橋由一』を読んで、其の冒頭から、いろいろ知りたいことがあって、(例の)ヤフー知恵袋で聞きたい気分です。でも今日は、以下の(既に投稿した)質問を2件コピペするのでお許し下さい。

          以下は12日の投稿です。−−(以下引用)。 『私生児・ててなし児・庶子・非嫡出子・婚外子辞典』を計画している者ですが、男の同意を得ずに勝手に出産する女に、(名称はともかく)「産人罪」といったことを考えて実施した人が歴史上いるか教えて下さい。 つまり、第一番には、(名称はともかく)「産人罪」といったことを(歴史上)考えた人間がいたでしょうか。 第二番目に、それを「実際の法令」として実施した人がいるでしょうか、架空の小説や漫画でいいですから、あれば教えて下さい。質問日時:2012/5/12 23:22:50

          以下は、今日夕方に送信したホカホカものです。−−(以下引用)。 『私生児・ててなし児・庶子・非嫡出子・婚外子辞典』を計画している者ですが、最近、「婚外子」という言葉が定着しつつあるのを(此の言葉は単に事実を表すだけで侮蔑を含まぬので)其の傾向に喜んでいる者です。
          此の「婚外子」という言葉は、(日本では)誰が使い始めた言葉なのでしょうか。あるいはそれについて書いてある本をご存知の方は教えて下さい(ムロン「結婚外子」という言葉もあろうかと思うので其の用例があればご教示下さい)。 私は、とにかく資料を集めるのに夢中になって「私生児・ててなし児・庶子・非嫡出子・婚外子」という言葉があればコピーして箱に突っ込んでおくだけでまだ中身を検討していないのですが、ソロソロ「人生の残り時間」も少なくなって来たので検討したく思っているのです。 青林書院新社刊の『体系民放事典』(初版1966年)の外国法についての記述の中に、「婚外子」という言葉があって、当時の状況が分るものですから引用させて頂きますが(弊ブログで画像としてアップ)、此の事典の『非嫡出子に関するソヴェト法』章の中で「婚外子」という言葉が使われています。本来は、章名が「非嫡出子に関するソヴェト法」なのですから、章名によれば本文中では(「婚外子」ではなく)「非嫡出子」としなければならなところなのですが、しかし(恐らく)「ソヴェト原語」を其の儘翻訳したら「婚外子」(つまり原語としては「結婚」「外」の「子」の意)となったから翻訳語として「婚外子」になったのではないかと(素人ながら)推測しています。
           
          有斐閣コンメンタール『注釈民放(22)の1 親族(3)』(昭46)で、親子法について、「文献」が列挙されていて国内法については1頁半ありますが(前記同様画像として引用)今回の件に関しては意味なく、2頁のリスト中(後半の)僅か半頁の『外国親子法に関して』が有用です。ドイツに関して、池末茂樹氏の「私生児」用語のある論文(昭11)が紹介され、佐藤義彦氏の「婚外子」の用語のある論文(昭42)、次のソヴエトでは、昭和35年に稲子恒夫氏の「婚外子」論文があります。 続く続編で『英米の親子法』・『フランスの親子法』があって、今回の「婚外子」質問についてのことが述べられていますが、日本の国内法については、「嫡出にあらざる者」という言葉に強く束縛されて「非嫡出子」が当然の如く使用されて、他の言葉を使おうという機運が生まれなかったのではないかと思っているのです。其の辺ことを、どうか教えて下さい。初版が埼玉大学しか所蔵していないものですからコピーしたのですがうまく複写出来ずやむなく(同一文の)県立図書館本を画像として

          てなことで、今日はもうオヒラキです。画像を(忘れないように)添付します。ちょっと酔っています、ゴメンナサイ。也

          平成24年5月13日21時15分
           
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          第172回アート引越センター社長への公開抗議・妹に対する詰問状公開シリーズ35・妹よ、そうやさけー言うたじゃないかインチキの「風」では駄目だっての巻

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            第172回アート引越センター社長への公開抗議・妹に対する詰問状公開シリーズ35・妹よ、そうやさけー言うたじゃないかインチキの「風」では駄目だっての巻

            きょう久し振りで、女房と一緒に国立西洋美術館に行きました。本当の目当ては「奏楽堂」だったのですが、それは(今は)内緒で、其のうちお話します。 西洋美術館でピエトロ・ロンギの『不謹慎な殿方』 を見て、(ブログにアップしようと)ミュージアム・ショップで絵葉書を探したのですが売ってませんでした。一旦諦めたのですが、帰宅してネットで検索したら、一発でヒットし、上記題名にリンクを貼っておきました。以上の次第ですので、これからは、画像アップに苦労しなくていいように感じました。だって(リンクを貼るのは違法ではないそうですので)、上記のリンクで見て貰えばいいので、特に著作権関係はクリア出来るからです。 此の「虱・しらみ」が私好きでしてね、といっても(当たり前ですが)虱が好きなのではなくて、其の「虱」という漢字が好きなのです。

            同好の士はいるもので、かの天才戯画師・山藤章二が「週刊朝日」でやった「虱の会」のこと(国政選挙で「風の会」というのがあって其の戯画として「虱の会」とやって自殺者まで出して騒動になったのですが)、確か朝日の社長室での自死事件で、ためにさすがに(全部収録するといった筈の)『全体重 ブラック・アングルの25年』でも、たしかこの「虱」の回ともう1回の計2回が収録されずに上記の『全体重』は本として上梓されたのです(※とうに売り払ってうちにはありませんが。「全」とタイトルにあるのに、2回だけ収録されなかった回がある筈です。但しいまメモを見ないで言っていますので単に記憶で言っているのですが、まあ、此の「2回分削除」は間違いないと思っています。あとの「虱」でない回のが何であったのかも知りたいのですが)。
             
            今シャカリキに入力しているのですが、もう時間ですので今日は(勝手ながら)オヒラキにさせて下さいナ。ただタイトルに「そうやさけー言うたじゃないかインチキの『風』では駄目だって」のとしましたが、其の「さけー」を言おうと思ったのです。今日は、芸大の『高橋由一 展』に行ったのです。例の重要文化財の『鮭』です。それで「さけー」なのですからお叱りを受けるでしょうが、まあ、今日はこれで投稿させて下さい。 妹夫婦宛にはきのう、名誉毀損でも何でも受けてたつ旨を送信しましたがムロン返信はありません。まあ、グチャグチャなバトルになろうかと覚悟はしているのです。だって妹だって(恐らく)全マスコミに出ている人間ですから(インチキで取得した国家資格だって)放棄はしないでしょうし、私だって嘘を言っている訳ではありませんのでガチンコ勝負で、(訴状でかなり正直にぶちまけていますのです=きのう其のうちの妹に関わる部分2頁だけをメール送信しておきましたが)まあ、こういうブログの格好のネタとも思っているのです。「風」でいうと、いま私は妹宛には、「風」を付けて戯れて「開発者風開発者」と称しています。也

            なお今日のオマケ画像は、明治31年9月号の「早稲田文学」彙報欄です。森鴎外の「道徳学」で言及した矢崎嵯峨の屋の参考文献です。実は、(今日披露する)記事部分を切り抜いたあとに、沖野岩三郎らしき人物の「文献」があったものですから、(此の「暗黒地底旅行中」の私が)年賀状とともに其の切抜きを友人に送っていたのですが、帰宅した私に其の返事が来ていました。まさしく、(此の研究者も知らなかった)沖野のものだそうです。

            平成24年5月12日21時30分

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            第171回抗議・日立化成横山社長に「先生は情熱の人である。情熱の研究成果で特許化したものは何でもいいから

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              第171回抗議・日立化成横山社長に「先生は情熱の人である。情熱の研究成果で特許化したものは何でもいいから購入して事業化せよ」と云われたのに嗚呼の巻
               

              (アート引越センター相手の)訴状を一旦提出した際、補正すべき事項の一つとして裁判所事務員に云われたのは、「誰が仏壇の持ち主か」ということでした。(私の)前の旧宅も(アートに引越を頼んだ行き先の)新宅も妹の持ち物ですから、事務員の疑問ももっともではあるのです。

              其処で書いたのが、(新宅は)引越から(私の)「占有状態にある」ことで、其の「占有状態にある」新宅に仏壇があるのだから、しかもオヤジが死んでの遺産相続に(此処では特に「人数」は秘扱いにしますが)有資格者全員からの「相続放棄書」を貰っているので「唯一正当な相続人は私一人」と書きました。

              それを書くために資料をあさっていたら、今日のタイトルにした(日立化成の横山社長の「指示」が具体的に書かれている)M部長のオヤジ宛「文書」が見付かったのです。
               
              実はいま、「金スマ」を見ていましてね、これは「永久保存版」ですよ。(世間では簡単に「二股」と云っていますが単純な「二股」ではなくてトニカク「結婚」ですからね意味が違う筈で)私(番組を見ていて)、園山真希絵さんの大ファンになりました。いま番組が終わったのですが、もう面倒なので、今日の話題である、日立化成の横山社長の「指示」のみを引用して、(明日以降)其のことについて申し上げたいと思います。今日は埼玉大に行って資料のコピーをとって、(ちょっと眠って)入力を始めたのです。
               
              実の妹が、国家の(重要)国家資格をインチキして取得したのを、(恥ずかしながら)世間に公表しようというのですから、それはそれで、しかも此の「国家資格」についてのスキャンダルは、(恐らく)「本邦初」のことでしょうから私としてもそう簡単に発言は出来ないものなのです。でも、もう「発言」したのですから、明日以降(かなりの伏字を挿れて)申しあげます※まあ、レベルとしては、弁護士、会計士の次くらいに思われているのではないでしょうか。

              テナ訳で、今日は(やっと見付かった)日立化成の横山社長の「指示」について(簡単に)述べました。つまり、(此の文書で見られるようにオヤジ開発の技術・発想を大変高い評価を下さっている訳で)過日引用した、大成建設を主幹事として「8千万円」を借入した件と同じく、「世界的な発明」と評価された動きなのに、妹はそれまで「主婦・素人」の立場で発言していたのに、(重要な)「国家資格」をインチキで得た途端、ナント、(発明者のオヤジの名前を削除して)自分が「発明者」と詐称するようになったのです(さすがに今ではオヤジの名前を完全には削除出来なかったために、オヤジはオヤジとして発明者にして、自分は其の「国家資格受領者」の「発明者」として名乗っています)。
               
              まあ、今日は(見付かった)日立化成・横山社長の「指示」を引用するだけでオヒラキにさせて下さい。明日、(此の文書の)翻字をしたく思います。ムロン、社名入便箋を(無断で)引用するのはひょっとしたら「著作権違反」に問われるかも知れませんが、ナニヨリモ事実其のものですし、ご迷惑をかけるようにも思われず「公表」させて頂きます。也

              平成24年5月11日22時40分

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              第170回アート引越センター社長への公開抗議・『裁判官Who's Who』の裁判官評を引用しようとしたが思い止まって南町奉行・根岸鎮衛を思い出した巻

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                第170回アート引越センター社長への公開抗議・『裁判官Who's Who』の裁判官評を引用しようとしたが思い止まって南町奉行・根岸鎮衛を思い出した巻

                きのう訴状を提出したので、『裁判官Who's Who』から(個人名をはぶいて)裁判官評(の特に「悪評」)を引用しようとしましたが、どうも、悪評は引用しずらくて(しかも私はきのうから具体的に訴訟をかかえている身ですので)ふと、『森銑三著作集・続編・第一巻』所収の『根岸肥前守のこと』を思い出しました。例の『耳嚢』の根岸鎮衛 です。
                 
                今日の「画像1〜6」は其の『根岸肥前守のこと』。訴状にも書いたことですが、アート引越センターの乱暴な運搬作業で傷付けられた仏壇の引き出しの中に、(今から約250年前の)「宝暦十四年」の古資料があったことを記しておきましたが(他にも其の近辺の年代のものが引き出しにあって当欄でも画像としてアップしておきましたので過去画像を探して下さい)、此の『根岸肥前守のこと』の冒頭には「宝暦八年」があり、冒頭2行のみ以下翻字しておきます。ーー(以下引用)。
                 
                塙検校保己一が、宝暦八年十三の歳に初めて江戸へ出るのに、絹商人と連立つて来た。この商人こそは、後の江戸の町奉行根岸肥前守だった」。ーー(以上引用)。 森氏はまた(6行目に)「佳話はとかく虚構が多い」と述べて、此の「逸話」の誤りを云っているのですが、特に私が興味を持ったのは(いま私が地元にいるので)「埼玉県の偉人・塙保己一」。過日、石川啄木の関係で、西村酔夢(真次)編集の「学生」をくって、「偉人の人気投票」のコピーをとってきたのです。其の、正式名称や結果などは近日発表しますが、(県別で発表された「埼玉県の部」では)ムロン塙保己一はダントツの一位です。
                 
                「画像4」にある『甲子夜話』の話を以下翻字して今日はオヒラキにさせて下さい。朝から飲んでご嫌なのです。−−(以下引用)。
                なほ先に引いた『甲子夜話』には、静山が人から聴いたとして鎮衛の言行を記してゐる。鎮衛が晩年に、「自分がこれまで首を切つた者が十人あるが、不便なことをした」といつた。これを聞いた人が不思議に思つて「長々のお役中に、ただの十人とは如何でございますか」と問うた。鎮衛答へて「尤もなこと。しかし、まことの罪があつて斬らるるのは天罰ぢや。こちらの所為ではない。今十人といつたのは、自分は斬首に当るまいと思つたが、吟味の与力同心がさういひ張るので、自分の強ひて止めなかつた者をいふのぢや。それが十人あつたので、不便なことをしたと思ふのぢや」と。聴く者はその言に服した。−−(以上引用終わり)。
                 
                つまり(今の見方からすれば)「あやまち」といえることを、「裁判」に(裁く立場で)かかわった人間として正直な感想がどの程度残っているのかということも興味に感じたのです。

                しかしまあ、(私に与えられた)「残り時間」はあまりに少ないのです。昨日アート引越センター相手の訴状を提出しイヨイヨ(糾弾活動も)具体的になって来て、(私がもくろむ)「ナメタライカンゼヨ数字(SUE事)シリーズ」も、アート引越センターの「to(対=2)0123(=20123)」で幕を開いて、次なる「胃カメラ殺人事件」(数字で表すと其の病院が容易に推測されるので今は秘)、実の妹の「インチキ国家資格事件」及び「某事件」(=これも数字にあらわすとヤバイのでしばらく秘密扱いにさせて下さい)を併行させて(弊ブログを含めて)実際の「訴訟」も行ないたく考えておりますので何分のご支援をお願い致します。
                 
                「劇場型犯罪」ということがいわれることがありますが、出来れば訴訟の場で、「劇場型裁判」を行なえればと考えています。私がもくろんでいます「ナメタライカンゼヨ数字(SUE事)シリーズ」「第一弾」として、嘘八百を言い張っているアート引越センターを選んだのは、「騒ぎ」(=劇場)にするには適当であるかも知れません。だって、配達証明郵便で送っても受け取っていないと言い張り、引越をしたのに(しかも一度は金箔1枚は貼ったのに)「引越を請け負っていない」とイケシャアシャアとのたまうのですから、(まあ社長が淫行を犯すような会社ですから)コンプライアンス感覚がゼロに近いのもうなずけるかも知れません。恐らくアートは(これまで通りのやり方で)愚図愚図云って来るでしょうから、ヤフー知恵袋の「集合知」を有効活用してアート引越センターに向かっていきますのでご協力よろしくお願い致します。也

                平成24年5月10日21時15分
                 
                「コードネーム0213201
                 (追うに意味ありtoアート引越センター)
                又の名を
                (イギリス訛りで)today
                 アート糾弾ひつこしセンター」。


                第169回アート引越センター社長への公開抗議・妹夫婦に対する詰問状公開シリーズ32・池添徳明他が『Who's Who』で裁判官を「まな板の鯉」にした巻

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                  第169回アート引越センター社長への公開抗議・妹夫婦に対する詰問状公開シリーズ32・池添徳明他が『Who's Who』で裁判官を「まな板の鯉」にした巻
                   

                  今日も徹夜で昼夜反対になってしまいましたが、さすがに67歳翁にはこたえます。深夜放送の映画『サイドウェイ』を見終わって、ヤフー知恵袋に以下の質問 をしました。ーー(以下引用)。 いま4チャンネル深夜映画で、2004年の『サイドウェイ(Sideways)』を見終わ... hinjanokaku さんいま4チャンネル深夜映画で、2004年の『サイドウェイ(Sideways)』を見終わりました。エンドロールが始まる2分半くらい前のところで、主人公が自分のアパートの郵便受けを鍵で開けるところがあります。 郵便受けには(期待する)マヤからの手紙が入ってなくてガッカリするのですが、其のあと主人公は鍵をかけずに郵便受けを閉じています(ビデオを何度見直しても、あの動作では「郵便受けの鍵」はかけられません)。 マヤの手紙がないことで(鍵をかけるのを忘れるほど)呆然としたという解釈も成り立ちはしますが、「郵便受けが無錠のまま」というのは、(もしマヤの手紙が届いたら誰かに見られてしまう危険があることになって)観客に「なぜ鍵をかけないのだろうか」という無用の心配をかけることになります。 しかもこの作品が、(ウィキペディアによれば)「アカデミー賞で脚色賞を、第62回ゴールデングローブ賞で作品賞を受賞している」とのことですので、上記のような「意地の悪い見方」をする批評家はいなかったのでしょうか、お伺いします。質問日時:2012/5/9 04:50:18

                  早速回答がありましてね、「オートロックじゃないの?」といったものですが、ナニシロ、「画像1・2」のような(日本でもよくある)安アパートといったところで、しかも此の郵便受けを鍵で開ける「開け方」が独特でしてね、普通に差し込むまではいいのだけれど、一旦差し込んだあとに、手を離して時計方向に90度回して、しかるのちに左方向に回して鍵を開けているのです。ですから、閉める時は其の「反対」の動きをしなければなら筈なのですよ。それを、反対にせずに、其の儘鍵を抜き去ったので、注意力散漫な私も「あれ?」と思ったのでした。
                   
                  今、裁判所→県立図書館と廻って帰ってきたところで、ついに、訴状を提出しました。ですから、明日、アート引越センター社長宛の声明文を発表します。其の前に、今日は「一杯」やりたいので、もうオヒラキにさせて下さい。女房は声楽のレッスンで外出中で、帰って飲んでいたら「また?」なんて云われるかしら。と書いていたら帰ってきました。投稿もまだなので、それが終わったら「一杯」にしましょう。也

                  そうそう、昨日話題にした『裁判官Who's Who 東京地裁・高裁編』から、例のロス疑惑の三浦和義氏の『僕が見てきた裁判官たち』の3頁分のみ画像として引用させて頂きます。全文引用では申し訳なく遠慮してコピーしたのですが、ひょっとしたら後日、全文を引用させて頂くかも知れません。特に「画像4・5」で述べられている「本人訴訟」をされる方はお読みになるといいのではと思っています。なにしろ、三浦氏は「本人訴訟」の大ベテランなのですから。 サテ、飲むはいいが、「断酒何日だったかなあ」と思っています。相変わらず胃に鈍痛があって(ちょっと前の「胃が腐っている」という程ではないのですが)、それなら、「断酒」より「飲酒」で様子を見たほうがいいのではと勝手な理屈を付けて、アメブロ→ジュゲム→楽天と「コピペ」して、あとは「一杯」です。

                  平成24年5月9日20時15分

                  「コードネーム021320123
                  (追うに意味ありtoアート引越センター)
                  又の名を(イギリス訛りで)today
                   アート糾弾ひつこしセンター」。


                  第168回アート引越センター社長への公開抗議・訴状を「アートゆうれい引越センター損害賠償事件」と名付ける理由を図書館に「たずねていく千里(戦利)」の巻

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                    第168回アート引越センター社長への公開抗議・訴状を「アートゆうれい引越センター損害賠償事件」と名付ける理由を図書館に「たずねていく千里(戦利)」の巻

                    今日は久し振りにグッスリ眠れて調子のいい目覚めでした。以下は(きのう事務員から「補充すべきこと」を言われたのをうけて)動いた「日誌」です。※裁判所では事務員といわずに「書記」というのか、「書記」というのは法廷で裁判官の前で記入している人しかいわないのか知りません。まず、簡裁事務室に行って、(昨日貰った)「ル−ズリーフ」ではない(が罫線のある)別のルーズリーフを持参して、「これに書いていいか」と聞いたのです。ムロン、OK。つまり、裁判だからといってシャッチョコバル必要は無くて(用紙もうるさいことは一切云わずに=昨日裁判所から貰ったのは単に罫線がある用紙だったのですが私が持参したのはちょっと「上部に飾り」があってそれで心配だったのですが)、(昨日とは違う)事務員の指示は、単に「左側を5センチくらい開けて」だけでした。
                     
                    ムロン、人間にいろんな人がいるように、裁判官だって(同じで)いろんな人がいる筈です。事実、其の単純な「事実」を今日紹介する本の「序文」で見ました。明日、(訴状を提出する予定ですから)出した序に(県立図書館で)コピーして画像としてアップします。 今日は一人の裁判官を探そうとした其の「足跡」の巻です。というのは、オフクロの「胃カメラ殺人病院」の件で、かなりの年月、傍聴に通ったのです。其の時、訴訟指揮に感心した裁判官がいて、其の人が(転勤以来どうなったのかを)探してみようと思ったのです。 先ず、さいたま地裁の事務室。さいたま地裁から東京高裁に行く人はそんなに多くないと思い込んで行ったのですが、(裁判所入口すぐ左の事務室にいる十人程度の部屋でしたが)誰も其の人のことを知りませんでした。其の人の具体的な名前を出すのは違法ではないと思いますので、(それに「悪い例」としてではなく)「好ましい例」として出すのでお許し願いますが、其の人の名前は「石原直樹」さん。 「石原」までは自信があったのですが、下の「名前」が確信持てなかったのですが(画像として添付するように)「石原直樹」氏で間違いありませんでした。

                    地裁事務室では分らず、東京高裁の電話番号を貰って其処にかけたのですが、(高裁には「個人情報保護法には抵触しないと思うので教えて欲しい」と言ったのですが)ちょっと其処も難しく、但し最後に、裁判官の「名鑑」が公刊されていることを教えてくれたのです。 実はむかし、目黒区の図書館で、其の「石原直樹」氏が掲載されている「名鑑」を見たことがありコピーもとってあるのですが、さいたまでは(うかつなことに)探したことがなかったのです。ありました!先ず『全裁判官経歴総覧』(第五版・期別異動一覧編。公人社刊)。タイトル通りに全裁判官の経歴が分る本です。「画像1・2」として、「第28期」の見開き頁をアップしておきます(※同期には見開き3枚つまり全6頁分がさかれていて其の「見開き1枚・2頁分」を画像としてアップします)。さすがに、全員の名前を出すのは躊躇しますので、氏名の項は削除してお目にかけます。こんな風に、全裁判官のことが書かれているのです。

                    しかしまあ、こんなことは知っても腹のたしにはなりません。 其処で、次に「腹のたしになる」ものをご紹介します。それは、池添徳明+『裁判官Who's Who』刊行委員会の『裁判官Who's Who 首都圏編』(現代人文社刊)です。同書の257頁を(少し遠慮しつつ)「画像3」としてアップさせて頂いておきます。以下に、人物評を翻字しておきます。−−(以下引用)。 ○交通事故や学校でのいじめなど不法行為事件では、被害者側の立場に立ってフォローするような訴訟指揮をする。
                     ○書面に主張を書いてあるはずなのに、争点について誤解していることがある。あまり記録を読んでいないのではないか。雑な読み方をしているとの印象。−−(以上引用終わり)。
                     
                    ちょっと、目黒で見た時の印象と違って(いいことばかりではなく)悪いことも書いてありますが、構わず其の儘を引用しました。私が傍聴した印象を言うと、特にビックリしたのは、「カルテの翻訳」を(普通考えられるのは原告側がしなければならないと思うのですが)被告側の病院に命じたのです。実は、アート引越センターを訴える場合に、(特に)「訴訟額を確定せよ」との事務員の言葉から、此の石原判事の(原告に有利な)訴訟指揮を思い出して、其の「訴訟指揮」を私自身の「訴状」に書き込もうと思っているのです。ですから今日は、此処でオヒラキです(明日、池添氏の序文を紹介します)。「楽天ブログ」で入力するのですが画像は添付出来ぬために、お手数ながら、画像は「ジュゲムブログ」と「アメブロ」をご覧下さい。※但し連休中にいじって貰った「ブラウザ」の加減が悪く、原因は「ポップアップ」であることは分るのですがどうしても直せず(昨日などはコピペ引用が出来ずに諦める寸前までいきました。もし、上記2ブログで「更新」が無い場合は「楽天ブログ」を見て下さいませ)。也
                    平成24年5月8日21時45分
                     
                    「コードネーム021320123
                     (追うに意味ありtoアート引越センター)
                    又の名を
                    (イギリス訛りで)today
                     アート糾弾ひつこしセンター」。


                    第167回アート引越センター社長への公開抗議・アートへの訴状を提出するも「ゆうれい引越センター」を削られてトホホの巻

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                      第167回アート引越センター社長への公開抗議・アートへの訴状を提出するも「ゆうれい引越センター」を削られてトホホの巻

                      今日は「完徹」で、(でもそれほど)眠くはありません。今日ついに「訴状」を描いて裁判所に持って行ったのです。ヤフー知恵袋で質問した「ゆうれい引越センター損害賠償事件と名付けたら無事に済むかどうか」は、回答が1通もなかったために「削除」されました。仕方がないので自分で考えて、最初のアイディア通りに(修正せずに)其の儘出しました。と、やはりクレームがついて、上記のアイディアは無事では済まず、削られてしまいました。まあ、あくまで抵抗する気はハナから無いのですから、ムロン抵抗をせず、但し(官が直すのなら仕方がないが)自分の手で直すのは嫌なので、次回、本式に出す際、其の儘出します。 ただ訴状本文の「紛争の要点(請求の原因)」には、何を書いてもいいとの事務員の言葉だったので、「金銭的に賠償して貰うことは勿論、本件を『ゆうれい引越センター損害賠償事件』と称して広く世に、被告会社の無法性を訴える所存です」と書いておきました。でもね、ちょっと(大分?)補足が必要とのことで、それを補って、なるべく早く提出します。そんな訳で、今日は、『森銑三著作集・続編・第十四巻』所収の『読書日記』から、頼山陽のくだりを「画像1」に。 ーー(以下引用=同書395頁)古き『史林』第九巻第一号に載れる北村寿四郎氏の「頼山陽の半面」を読む。未発表の資料に拠りて山陽と彦根の諸家、殊に中川漁村との交渉を叙せられたる、われらには興味最も深し。その中に引かれたる「漁村随筆」といふもの内容いとよし、いづこに存するにや。/山陽には事々物々一家の風あり。酒は必ず伊丹の醸を用ひ、毎朝餅を食ひ、飯は必ず麦を雑ふ。茶は上品を好まずして、中品を濃く煎じて飲む」ーー(以上引用終わり)。
                       
                      ほら、いま脚気をやろうとしているので、此のくだり気がなるのですよ。「飯は必ず麦を雑ふ」とは、山陽は「脚気には麦」という俗信がどれほど身についていたのか、あるいは「脚気」とはまったく別の意味で「飯は必ず麦を雑ふ」だったのか、知りたいところです。※実は、今日も「楽天ブログ」を入力用にしているのですが、ボタンが「日記のプレビュー」と「公開する」の二つしか(どういう訳だか)ないのです。ですから、とりあえずこれで「送信」して、(しばらく時間をおいた)あとで(画像をアップする)「ジュゲムブログ」と「アメブロ」のリンクを貼っておきます。也

                      平成24年5月7日19時30分
                       
                      「コードネーム021320123
                       (追うに意味ありtoアート引越センター)
                      又の名を(イギリス訛りで)today
                       アート糾弾ひつこしセンター」。


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